僕らは いまだ真昼の青空。

何時になったら夕暮れのように 青とオレンジが交われるのだろうか。


《Can't touch Orange》


「あ…っちぃ〜」
 頭上で響いた呟きに、水色はふっと顔をあげた。
 まだ初夏というには早すぎるというのに、気温は鰻登りで急上昇していて。
 膝を抱えなおしながら視線を横に向ければ、襟元に指をつっこんで風を送っている一護の姿が見える。
 彼のオレンジの髪が、晴れた空によく映えていた。
「ケイゴたち、遅いねぇ」
 昼休み。昼食をどうしようかと話していたトコロに、「ゲームをしよう」とケイゴが言い出したのはいつものこと。
 ご丁寧に、負けたヤツが全員分のパンを買ってくるという罰ゲームつき。
 まぁ、いつでも言い出したヤツが負けるのが世の常で、あっさり惨敗したのもケイゴだったけれども。
 一人では嫌だとダダをこねたケイゴに、ひっぱっていかれたチャドは本当に人がいいと思う。
 名目上自分達は場所とリということになっているが、屋上はいつの間にかなし崩しのように彼らの指定席になっていて、正直あまり意味がない。
 手持ち無沙汰に紙パックに手を伸ばすと、中のコーヒー牛乳は熱気を食らってすっかりぬるくなっていた。
 昼食用に買ってきたものだがこのままだとホットになってしまいそうだ。
 飲みきってしまおうかと考えた矢先、ズズッっと底をついた鈍い音が屋上に響いた。
 行儀が悪いと文句がでそうな行為も、自分達二人しかいない屋上ならいいやという気分になる。
 盛大に音をたてて、水色はぬるいコーヒー牛乳を飲み干した。
 
 
「水色さぁ…」
 日差しに煽られるようにだらだらと、とりとめのない話をしていて。
 ふと思い出したように、きりだしたのは一護のほうからだった。
「好きなヤツとかいるか?」
「彼女いるよ。年上」
 淡々と。さも重要ではないような口ぶりで。
 答えながらも内心目を見張る。
 知り合って一ヶ月未満。
『友情に付き合いの長さは関係ない』という典型になりえた自信はあるのだけれど。
 それでも、あまり自分のことを話さない彼が、こんな話をふってくるなんてめずらしいことこの上ない。
 そんなことまで話してくれるようになったと喜んでいいものだろうか。
 それとも、しゃがみこんだ自分と立ったままの彼とではこんなにも視線が遠いから、こんな話ができるのだろうか。
 わからない。
 その答えが知りたくて、必死になって言葉を探す。
 ふと屋上への階段を駆け上るような足音が聞こえたような気がするが、気にしていられない。
 気になるのは、自分がいつものポーカーフェイスを保てているかどうか。
「……一護の好きな人は、」

 バタンッと勢いよく階段への扉が開かれた。
「あっ一護!小島もー。やっぱりここにいた!」
 ひょっこりとのぞいたのは、見た目こそ対象的なクラスメートの姿。
「たつき…と井上?」
「次の授業。教室移動だってさ!間違えないようにね!それ伝えにきたの。…行こ、織姫っ」
 言いたいことだけ言ってしまうと、彼女達はさっさと扉の向こうに消えてしまった。
 手を引っ張られながらも、長い髪の少女がこっちに小さく手をふる姿が目の端に残る。

 あっけにとられたように、一護が目をまたたいた。
「相変わらず、けたたましいなぁ」
「彼女でしょ」
「あ?」
「一護の好きな人。有沢さん」
 ぼんっと音を立てそうな勢いで、一護が真っ赤になった。
 トマトより、いや苺より赤い。名が体を表してしまっている。
「バ、バレバレか…っ?」
「いや。大抵の人は気づかないんじゃない?」
 たまたま自分がそういうことに敏感なだけで。
 だからきっと、誰も気づいていないだろう。
 ケイゴもチャドも。想い人である幼馴染も。
「でも、知らないってけっこう残酷だよね」
 井上織姫が一護を好きだという話は、誰からとなく聞いている。
 そして、その親友・有沢竜貴がそれを見守っているということも。
 彼女達の友情は、傍目に見てもとても強固で。
 きっと竜貴は幼馴染と親友との選択を迫られたら、親友を選ぶだろう。
 彼『が』好きな少女が、彼『を』好きな少女の手をひく。
 一護はいままで、それをどんな思いで見てきたのだろう。
 それは彼ひとりが知る、三角関係。
 誰も知らず、誰にも知らせず。

「『忍ぶれば 苦しき物を 人知れず 思ふつふ事 誰にかたらむ』」
「…は?」
「古今和歌集だよ」

  恋い慕いながら、じっと我慢しているのでまことに苦しいことであるよ。
  相手にも知ってもらえず、ただ一人思いつめているこの気持ちを。
  一体誰に打ち明けようか。                     
 
「一護にぴったり」

(一つといわず多くのモノを護っている人)
(でも)

 バタバタと再び階段を駆け上る足音が聞こえる。
 今度こそケイゴとチャドが戻ってきたのだろう。
 気づけは昼休みも半ばを過ぎている。
 教室移動を考えたら、あまりゆっくりはしていられないかもしれない。
 ずっともたれていた柵から一護が身をはなした。
 つられたように、水色も立ち上がる。
 扉のむこうでケイゴたちの声がはっきりと聞こえるようになった。
 どちらともなく、そちらへ向かって歩き出す。
「水色」
「うん」
「……あんまりあいつのコト、悪く言わないでくれな」
「……ごめん」

(君が護るたくさんのモノの中に、君の心ははいってないの?)
(ねぇ?)

 空は雲ひとつなく、日差しを遮るものはなにもない。
 真昼の空は、完璧な青。
 あまりに純粋すぎて、他の色が染める余地もない。

 あぁ、はやく夕暮れになればいいのに。